心を綴って届けます。泣きたい人へ贈るアンソロジー

『自分の人生を基に、書く行為について考える。』/エッセイ




突然ですが、みなさまにとって


文章を書くという行為は、どのような意味を持ち合わせていますでしょうか?

(本日は自分語り多め記事となっております、ご了承頂ければ幸いです^^;)

私は頭の先から爪先まで文学に浸りきっている人間です



幼稚園の頃から絵本が大好きで、どこに行くにも手放さなかったし、失くさなかった



小学校2年生の頃に『ガリバー旅行記』を読んで


大衝撃を受け、こんなにも


文字だけの世界がこんなにも彩り溢れているなんて!!!!


と、秒で活字中毒になりました



母が買ってくるだけでは飽き足らず


全ての教科書をボロボロになるまで読み込み



なにかしらの商品についているキャッチコピーから食品表示まで


ありとあらゆるジャンルの本に手を出していました



中学2年生では、本の読みすぎで母に心配され


読書禁止令が出されたほど



社会人になっても変わらず、お給料のほぼ全てが本に消え



休みの日は図書館に行っては


朝から晩まで浸り込むという


完全に活字に狂った生活をしていました



読書は量では語れませんが


それでも目安として、年間200冊は超えていたと思います



ここまで本を読み漁り、本が恋人化し


過去お付き合いした男性のおひとりに


本と俺どっちが大事なん?と言わせてしまうほどの


狂人ぶりを発揮していた、私は



小説一本、描ききったことがありません


描けなかったんです



描きたかった、私も憧れの人たちと同じように素敵な文章


素敵な物語を描きたかったのに



ほぼ、一行も書けない



物語は頭にあるのに、いざ言葉にすると


まっっったく、意味の不明な文章ばかり



文章のノウハウ本を読んでも読んでも


尊敬する小説家さんの物語を視写しまくっても


結局小説は、かけても数ページ



なにかもわからないあやふやな文章、ただの言葉の羅列でした


ああ、私は文章を書く仕事はできないんだ


自分のしたいことと、向いていることが違うということ、とても辛かったです



けれど、文章を書くほうが、もっと、


よほど辛かった



描いた文字がふにゃふにゃで崩れていく様子は


自分で我が子を殺してゆくような感覚だったのです



そして私はある時からペンを置き、完全趣味として読書に没頭することを割り切りました




そうこうしているうちに、私の転換期は訪れます


19歳、私の敬愛する宮沢賢治様


との出会い



出会いはネット


ただのネットサーフィンで


私は『雨ニモマケズ』に出会いました



心の核が震えた、今でも思い返す度、読み返す度


涙が滲む


尊さ、切なさ、届かないということ、孤独の神髄、生きるとは、こういうことなのだと


教えてくれた、作品です



気が付けば私は詩を描いていました


何百、千、を超えるほど作詩をしていました



詩が描きたすぎて、詩の通信学校にも通いました



が。私は


やはり、文章を描くことが辛かった



小説の時とはまた違う辛さが詩にはありました


心が叫ぶ、私を視てよ、私を視てよ、私を削って、描いて殺して!!!!


その、あまりの孤独の深さに私は負けました



詩の通信学校も、中退



そこから数年ほど、詩を描きませんでした


見もしなかった、振り返りもしなかったです




そして、つい先日のお話になります



私は部屋にあるほぼ全てのものを断捨離しました


詩や文学とは全く関係なく



ただ、もう、全てが嫌になって未練を断ち切りたくて


今まで大切にしていたものを捨て去りました



そして、私の、千近くある詩の残骸も


捨てようとしました


何度も、何度も、ゴミ箱に入れようとした



けれど、どうしても、最後まで詩集は捨てることができなかったのです



これだけは、捨てられない



そう、心が涙を流す様子を目の当たりにしました



そして、私は数年ぶりに自分の詩を読んで


驚きました、私は自らの孤独に心底向き合っていたこと



そして、未だ眠る無数の言葉があることを


感じました



久しぶりに詩を描いて、わたしは



ああ、別に


自分なりの孤独を自分なりに表現することは


そんなに、哀しみにまみれるようなことではないと


青春の終わりと引き換えに、悟ったのです



別に、恥ずかしいことではない


表現とは、なんて尊いものなのだろうと



過去の、逃げることを許していない自分の言葉に教えられました



そしてそこから早かった


速攻でブログを立ち上げ、SNSアカウントを作り


自分の、自分なりの表現を


発信していくことを決意したのです



そうして紆余曲折ありながら、今の私が存在します


私はプロではなく、ただの野良詩人ですが


ちゃんと、誇りを持って詩を描き、発信しています



みなさんは、文章を書くことは、好きですか?


私は、好きだけど、心と向き合うことはやはり辛い


決して得意ではありません



ですが、詩という自分の型を発見しました



小説は、一行も小説の呈を成していなかったけれど


詩は、昔からなんとか完成させることができていた



それはまさに、自分に向いている文章の型であったということに他ならないと思います



しかもそれを見つけたのがネットサーフィンという


偶然です



人生なにが起こるかわからないものですね



文章が、完成させられない


分からない、書き方がむつかしい



という方は、もしかしたら文章の型が自分にあっていないのやもしれません



短い文章、長い文章、説明文、叙情的なものから、論理的なものまで


たくさん試してみてください



私はきっと小説というものに拘りすぎていたところもありました



こだわりを捨てるわけではなく


とりあえず、色々なことを試してみる


というのは良いことかもしれません



私はたくさん思い悩んだ末に


孤独、愛ゆえの哀しさ、のようなものをテーマに


詩を描いています



みなさんも、今持っているものから一歩飛び出して、新しいジャンルに踏み入ってみる


そして、いつもどこかしらにきっかけは存在している


ということを意識してみると、また見える景色に違った彩りが添えられるかもしれません



文章を書くときは大抵ひとり


大変です、孤独な作業です



けれど、読んでくださっている、待っていてくださっていると思えばこそ


日々、研鑽していけるものと思います


いつも本当に、星屑booksを訪れてくださっていること


そして、見つけてくださったこと


感謝しています


心からのありがとうございますを、お伝えしたいです💐




最後になりましたが、私にとって詩を描く意味


それは、届かぬ敬愛、憧憬、にそれでも手を伸ばしていたいという


ささやかな祈りのようなものである


と、思います



私が詩に救われたように、私もあなたの心を掬っていたい


大げさかもしれないけれど、紛れもない私の人生です




では、ここまでお読み下さり、ありがとうございました^^


また次の投稿でお会いできましたなら、とても幸いです🍀



おやすみなさい🌙*。


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“『自分の人生を基に、書く行為について考える。』/エッセイ” への2件のフィードバック

  1. Hitomiのアバター
    Hitomi

    芦田愛菜さんだったと思いますが、「小さい頃、ふりかけの裏に書かれた文字を読んでいた」といられていました。「私と同じ人がいた!」と思いました。 
    私は、「星の王子さま」が大好きで、いつかあんな作品を書きたい!と思っていましたが、全く書けなくて、今日まで至っています!
    そして、今、ユーモラスな文章を書いています。(お父さん、ネタを提供してくれて、ありがとう(*^^*))
    言葉で表現する事は、お互いに大切にしていきましょう💝

    1. ひとりぽっちちゃんのアバター
      ひとりぽっちちゃん

      Hitomiさん✨こんばんわ🌙*。

      芦田愛菜さん!大好きです💖
      やっぱり活字中毒の方って、そうなりますよね。。😂😂

      星の王子さま、私も大好きです~😢😢✨
      不朽の名作ですよね!✨

      わかります、やっぱり文章って技術だけじゃなくて感性も必要で

      得意な文体っていうのは、人それぞれにありますよね💐

      お父さん、ほんま好きです😂
      いつも笑いをありがとうございます😆

      Hitomiさんも本が好きなの嬉しいです、読書仲間です!✨

      はい!!ありがとうございます、表現、大切にしてゆきたいです😳😳

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